イタズラ好きなこの手をぎゅっと掴んで離さないでね?


 傾いていた太陽は、そろそろ真上に差し掛かっていた。
斜め上には、雲ひとつ見つける事の出来ない青空がまあるく浮かんでいた。

「大丈夫ですか?」
 口元に手を添えて、自分の名を呼びながらそう告げるクライヴがいた。呆然自失のまま、ジェットはそれを見上げている。
 ヴァージニアも、ジェットの胸元にぎゅっと押し付けていた頭を上げて、声のする方向を見る。
「…クライヴ…?」
 ぼそりと呼ぶ声に、ジェットはびくりと反応した。その手は今だヴァージニアの腰に廻され、その柔らかで(貧弱な)感触がわかるほど強く抱き締めていた。

 あばばばばば。

 声にするとそんな悲鳴だったのだろうか、ジェットは奇声を発しながら、ヴァージニアから手を離す。頬を薔薇色に染めたヴァージニアも身、慌てて体を起こした。そのままぺたんと座り、スカートの端をぎゅっと握りしめる。
 俯き加減の上目使い。えと、えと。と言葉を探す。
「あ、ありがと、ジェット。」
「…………おう。怪我はないか?」
 ぶっきらぼうに、そして、あらぬ方向に視線を向けて少年は返事をする。
「うん。」
 甘酸っぱい青春の一頁は、今や壮大な音楽と共に盛り上がりを見せていたが、躊躇いがちにかけられたトッドの言葉に現実へと引き戻された。
「申し訳ありやせん。姉さんを離してくださいやせんかねぇ。」
「え? マヤ!?」
 そう言えばと戻された視線は、ジェットの手。
 片方はヴァージニアへ、そしてもう片方は、マヤの襟首を掴んでいる。彼女は酸欠で既に堕ちていた。
「ひっ。」
 驚愕のあまり弛緩したジェットの指がぼとりとマヤを落とした。縄でつるされたシェイディが淡々と救命措置を施していく。
「マヤ、大丈夫かな…?」
 流石に心配になったヴァージニアに、アルフレッドの応えは簡素だ。
「平気です。これくらいで死ぬなら姉じゃありませんから。」
 いっそ爽やかな笑顔が恐ろしい。ジェットの顔面は、完全に引きつっていた。
「あれ?」
 心配そうに、マヤへ向けられていたヴァージニアの視線は、上から注がれる光によって方向を変える。あっと口を開けて、ジェットのひらひらを指で摘むと引っ張った。
「んだよ?」
「ねぇ、ジェット。あれ。」
 ヴァージニアが指さしていたのは、崩れてしまった洞窟の奥。爆発によって無理矢理吹き飛ばされた地面の下からは、色とりどりのジェムが顔を出していた。
 それは、太陽の下で美しく輝いている。列をなし、無数に姿を現したそれは、圧巻。滅多にお目にかかれる代物ではない。
 どうやら、運良く鉱脈にぶちあったたらしい。マヤ達の掴まされた情報は、ビンゴ!だったのだ。

「……こりゃ、すげぇあがりだな。」
「……だね。」
 ジェットも思わず息を飲む。自分の腕にヴァージニアが彼女の腕を絡め、肩に寄りかかっているのにも気付かない。
 ふたりとも呆けたように、鉱石を見つめる。
 
「ほお。これは大層な代物ですねぇ。」
 穴を覗き込んでいたクライヴが感嘆の息を洩らしているのが聞こえる。ギャロウズも、つっこみを忘れて惚けた顔で穴を覗いていた。
「こんな凄いの見た事ないね。」
 ぽつりと呟いたヴァージニアの視線は、ふいに人影に覆われた。
「見ないでよ、私のにきまってるでしょ!」
 いつの間に甦生したのか、マヤが背中にジェムを隠して(勿論隠せるはずもない)、ヴァージニアを指さす。
 チームマヤは、完全に我関せずのそっぽ向き作戦に突入していた。あれは、真っ赤な深淵の他人です。アビスです。三人の目が語っている。

「こんなにあるんだし、いいじゃない!」
「もともと、うちの仕事だったんだからうちのに決まってるでしょ!!ぺっぺつ。」
「何ジェムに唾つけてるのよ、汚いと思わないの!? 天国のお父さんとお母さんが泣いてるわ!」
 本当に死んでいるのかどうかもわからないのを自信たっぷりと言ってのけ、ヴァージニアは、腰に手をあて(ない)胸を張った。
「結果的には、ジェットだけじゃなくて、私も手伝ったんだからうちのチームにも貰うからね!」
「いやなこった。」
「なんですって!」
 マヤは大きく迫り出したジェムに、縋って横髪を払う。
「だったら、これの所有権を巡って勝負する?」
「もちろん、受けてたつに決まってるでしょ!」
  
 …嫌な予感がジェットの脳裏を掠めた。
 
「私は、このジェムをかけるわ。貴方は?」
「ジェットの労働力一年分よ!」
「待て、おまえら!!!!」
 縦穴からは、ジェットの悲痛な叫びが聞こえてくる。
「なんていうだ、こういうの。ほら、雨降ってなんとか…か?」
 目を白黒させたジェットの周囲を走り込む、マヤとヴァージニアを眺めギャロウズがクライヴにそう問い掛けた。
 顎に指をあてて思案する。
「そうですね、棚からぼた餅でしょうか?」

「…おふたりとも違いやす。振出しに戻ると申しやす。」
 流石にツッコミを入れたトッドに、そうそれ!と二人は相槌を打った。
 ジェットとヴァージニアに甘い、甘い恋人同士の時間が訪れるのは、西から登った太陽が東に沈むほど先の出来事のようだった。


〜fin




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